1. 背景と問題意識

1.1 研究の背景

大規模言語モデル(LLM)の急速な発展により、AIは単なる情報処理装置から、テキスト生成、対話、創作活動を行う存在へと変貌を遂げている。しかし、AIが生成するコンテンツは果たして「文化」と呼びうるのか。文化とは、共同体の成員が共有する価値観、規範、物語、儀礼の総体であり、その形成には複数の主体間の相互作用、時間的蓄積、そして意味の共有が不可欠とされる。

近年、複数のLLMを組み合わせて協働させる「Mix of Agents」(MoA)アーキテクチャが注目を集めている。個々のモデルが異なる視点や能力を持ち寄ることで、単一モデルでは到達しえない創発的な出力が期待される。本研究はこのMoAの概念を文化形成シミュレーションに応用し、AIエージェント群が集合的に文化を「創造」しうるかを実験的に検証する。

1.2 研究目的

本研究の目的は以下の4点に集約される。

  1. 文化形成プロセスの再現: 複数のAIエージェントが議論、提案、投票、創作という段階を経て、共有された文化的アーティファクト(名称、理念、挨拶、神話、詩、掟、宣言)を生成しうるかを検証する。
  2. モデル多様性と文化的豊かさの関係: 異なるLLMモデルに異なる性格を付与することで、議論の多様性と深度がどのように変化するかを分析する。
  3. 文化成熟度の定量評価: 語彙共有度、相互参照度、合意収束度、概念多様性の4指標からなる複合スコアにより、文化形成の進行度を数値化する。
  4. 世代間の文化継承と変容: 第1世代の文化的遺産を第2世代に継承させ、文化が世代を跨いでどのように変容・発展するかを観察する。

1.3 関連研究との位置づけ

本研究は、マルチエージェントシステム研究、計算社会科学、および生成AI研究の交差領域に位置する。従来のマルチエージェント文化シミュレーションでは、ルールベースのエージェントが用いられることが多かったが、本研究ではLLMの自然言語生成能力を活用し、より豊かな文化的表現の創出を試みる点に独自性がある。